未来の価値

第 3 話


親衛隊の隊長が、緊急事態のため人払いをクロヴィスに願いでた。
親衛隊が動いているのはあの”毒ガス”の件。
クロヴィスはバトレーだけを残し、全員を早から追い出し、万が一にも盗聴されていた時のことを考え、部屋の電源を落としECMを起動した。”毒ガス”の件は、絶対に外部に漏らす訳にはいかないのだ。バトレーは室内の通信機器が使用不能になったことを確認すると、その旨をクロヴィスに伝えた。

「それで、一体何のようだ。私が命じたことを忘れたわけではあるまいな」
「殿下、まずは隊員の入出許可をお願い致します」

クロヴィスは視線をバトレーに向けると、バトレーは頷いた後隊長に了承を示し、外で待機していた親衛隊が入室した。全員がクロヴィスの前に跪き、頭を下げるのを待ってから、心底不愉快だというような声を発した。

「何があったのだ?毒ガスは回収できたのだろうな?」

眉を寄せ、いらだちを込めた表情に臆することなく、親衛隊隊長は「はい」と返事をした後、顔を上げることな区返事を返した。

「無事、回収いたしました」
「ならばなぜすぐに報告しない!!」

クロヴィスは激高し、椅子の肘置きを力いっぱい殴りつけた。

「申し訳ございません、発見時既に毒ガスはテロリストに殺害されており・・・」
「あれの生死は問わん!遺体はどうした!」
「運んできてございます」

その回答に、クロヴィスは深く息を吐き、険しかった表情が僅かに緩んだ。
実験体は不老不死、死んだところでまた生き返る存在だ。
その体さえ回収出来ていれば何も問題はない。
皇帝に知られる前に問題は解決し、廃嫡される恐れもなくなったことで、クロヴィスは疲れきった表情で背もたれに全身の体重をかけ、体の力を抜いた。

「・・・ならばいい。バトレー」

傍に控えていたバトレーは恭しく頭を下げた。

「はっ。・・・ではその毒ガスの元に案内しろ」

親衛隊に向かいバトレーが命令を下すが、親衛隊はひとりとして立ち上がる素振りは見せなかった。いや、立ち上るどころか、バトレーの言葉が聞こえていないとでもいう様に微動だにせず、クロヴィスに向かい全員が頭を下げ、跪いたままだった。

「聞こえないのか!案内しろと言っているのだ」

バトレーは声を張り上げ、隊長の元へ荒い靴音を立て近づいた。

「聞こえております、が、案内するつもりはありません」

答えたのは、隊長ではなく、一番後ろで跪いている隊員だった。
親衛隊の制服を纏い、帽子を目深に被っている若い隊員で、頭を下げているため表情はわからなかったが、その口は楽しげに弧を描いていることだけは見て取れた。それに気づいたクロヴィスは不愉快そうに眉を寄せ、バトレーは激高した。

「なんだと?貴様、もう一度言ってみろ!」

発言した隊員に怒鳴りつけると、隊員は音を立てずにすっと立ち上がった。
それは明らかに軍人とは異なる動きだった。
洗練された所作で立った若い隊員に、クロヴィスは目を細めた。
彼らはクロヴィス直属の親衛隊だ。
だが、この若者に見覚えがなかった。
そんな人物を、親衛隊がここへ招き入れたというのか?
しかも、人払いまでして。
何かがおかしい。
妙に冷静な頭で、クロヴィスは若者を見つめた。

「彼女の元へ案内するつもりは無いと言ったのです。バトレー・アスプリウス将軍」

若い男の低い声には自信と気迫に満ちていた。
それだけでは無い、威厳と呼ぶべきものがそこにあった。

「貴様ッ!殿下の命令に逆らうつもりか!」
「そのつもりです・・・バトレー将軍を取り押さえろ」

若い隊員がバトレーに手を向け命令すると、親衛隊が全員が立ちあがった。

「「イエス・ユアハイネス」」

突然の事に動揺したバトレーは、抵抗する暇も無く親衛隊の手で床に抑え込まれ、口をふさがれた。何が起きたのか理解し、うめき声をあげ身をよじった所でもう遅い。その姿を横目に、隊員はかつりかつりと靴音を鳴らしながら、床に取り押さえられたバトレーの前を通り、クロヴィスの前へと進むと、その歩みを止めた。
その歩き方もまた、優雅な物だった。
着ているものは華やかさのない軍服ではあったが、その洗練された動きに思わず目を奪われる。軍人ではない、ましてや庶民でもない。何よりも・・・。

「・・・一体、私に何の用かね?」

自分の直属である親衛隊の裏切りは信じがたいもので、しかも彼らの返礼は目の前にの隊員が皇族であることを示している。親衛隊は、その皇族に寝返っていたというとか。動揺していないといえば嘘になるが、クロヴィスは自分でも信じられない程冷静にその隊員を見つめていた。

そして、自分でも信じられないような結論を出していた。
帽子から僅かにのぞく黒い髪。
年齢は恐らく10代後半。
そして・・・皇族。
エリア11。
何より、彼の所作から感じる懐かしさ。

かつりと音を立て、若い隊員はクロヴィスの傍で歩みを止めた。
クロヴィスは視線をあげ、目の前に立つ若い隊員を見つめた。

「黙っていては解らないよ。答えなさい、ルルーシュ」

平静を装い、出来るだけ穏やかな声でクロヴィスはその名を呼んだ。

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